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ストーリー

赤ら顔の悩みから
スキンケア

二十歳頃まで、私にとって人生最大の課題は赤ら顔でした。
もともと肌が薄い私は、中国東北の実家の厳しい寒暖差と乾燥の影響で、顔全体に赤みが出やすい肌でした。

中国の学校はとても厳しく、高校まで化粧はNGでした。
隠すこともできず、体育の授業で走った後などはさらに赤みが増し、穴があれば入りたいと思ったことは数えきれません。
美肌まで望まない、せめて普通の肌になれたらと、ずっと願っていました。

大学生になってからは、赤ら顔に効くと言われる化粧品やエステを、アルバイトで多少無理をしてでも次から次へと試しました。
しかし改善は見られず、特効薬はないのだと気づき、ファンデーションで隠すようになりました。

赤みはチークのように見え、周囲から「肌がきれい」と褒められるようになりましたが、今度はファンデーションをつけなければ人に会えなくなった自分がいました。

日本の美意識に惹かれて
留学へ

二十歳のとき、当時アジアの圧倒的な先進国だった日本に憧れ、留学で来日しました。
よくある田舎娘の先進国への憧れでもありましたが、それ以上に心を惹かれたのは、今でいう「日本の美学」でした。

ウォークマンのような現代的でスマートな電化製品、日本庭園や茶室、着物といった伝統文化、そして日本人のおじぎなどの所作。
形あるものから、目に見えない振る舞いまで、ただ美しい、品質が良いという言葉だけでは言い表せない魅力がありました。

素肌の変化と、
自信の正体

日本でアルバイトをして経済的に自立できるようになってからは、買い物の中でスキンケアが常に最優先でした。
服はユニクロでも贅沢でしたが、化粧品は必ず百貨店のものを選び、朝晩丁寧にお手入れをしていました。

東京の穏やかな気候も後押しとなり、2〜3年ほどで赤ら顔は薄れ、ファンデーションをつけなくても人に会えるほど改善しました。
自信を持って人に会えるようになり、世界が一変しました。
そのとき、強く実感したことがあります。

・自信は、褒めてくれる人ではなく、鏡の中の自分がくれるもの
・スキンケアに特効薬はなく、内外の条件が整えば美肌は自然と表れる
・それは、日々の備えに尽きる

素肌が美しいと、飾らずして美しい。
そう心から思いました。

いつか、自分の
スキンケアブランドを

当時、百貨店コスメを選んでいたのは「良いスキンケア」を判断できなかったからでもありました。
安心感のために選んでいたものの、大学生の私にとっては経済的に無理があり、ファッションなどにはほとんど手を伸ばせませんでした。

その頃から、いつか自分でスキンケアブランドを立ち上げたいと、ひそかに思うようになりました。
それは、

  • 毎日手に取りたいと思える美しさがあり
  • 科学的に肌に効くもので
  • 日常で無理なく続けられる価格であること

つまり、科学・美学・経済のバランスがとれているものでした。
これが、後の備肌の開発ポリシーになります。

起業、
原点からの化粧品探求

大学卒業後、ITエンジニアとしてキャリアをスタートし、その後、人材業界でのマーケティングやスキンケアブランドのスタートアップを経験しました。
そして2022年、いよいよ自分のスキンケアブランドを立ち上げることにしました。

エンジニア気質の私は、原点から探求しないと気が済みません。
そもそも化粧品とは何か。
化粧品でできることは何か。
化粧品でできることの「限界」は何か。

化粧品は科学製品であり、研究に基づいた処方とエビデンスのある原料が不可欠です。
また、肌を健康に清潔に保つものであり、浸透は角質層まで、というのが公式的な概念です。

であれば、角質層までという枠組みの中で最適解を探る必要があります。
そこで、角質層の研究に詳しい科学者とともに開発したいと考え、日本で初めてセラミドを発見した日本皮膚科学の第一人者、芋川教授にコンサルを依頼し、共同開発を行いました。

芋川教授は肌老化メカニズムの専門家でもあり、その知見から、日々のスキンケアに必要なラインアップを共に設計しました。

「日々の備え」
という考え方

肌老化の最大の原因は光老化、つまり紫外線です。
肌のダメージは一朝一夕で現れるものではなく、日々浴びる紫外線の蓄積が、やがてシミやシワとして表れます。

目に見えなくても、細胞レベルでは確実に影響を受けています。
これは皮膚科学の研究では顕微鏡レベルで検証されていることであり、だからこそ、肌のケアは目に見えてからでは遅く、日々の予防として行う必要があります。

東洋医学でいう「未病先防」の考え方とも通じることで、学生時代になんとなく「服はお金ができたときに買えばいいけど、肌作りは今からやらないといけない」という直感が科学的にも証明されていたことが分かりました。

そして、肌にとって最も大切なことのもう一つは言うまでもなく、水分です。
年齢とともに水分量が減る本質的な理由は、保水能力の低下にあります。

紫外線対策と保湿を軸に議論した結果、備肌のラインナップは、

清める → 整える → 守る

の3ステップにたどり着きました。
それぞれの役割は一商品で十分です。

化粧品には有効成分だけでなく、防腐剤などの安定性成分も必ず入っていますので、たくさんつけることは良いことだけではありません。必要な役割を一本で果たせるなら、その方が肌にとっても経済的にもやさしいです。

禅との出会い、
内側の備え

しかし、開発を進める中で、冒頭で書いたように化粧品が影響する角質層や表皮は0.0xxmmのミクロの世界の話で、内側からの整えや自然との関わり方が大きく影響しているのではないか、という思いが強くなりました。

同時期に、仕事を通じて偶然禅の世界に触れ、2020年頃から鎌倉の禅寺で坐禅に通うようになりました。
茶道や華道などの日本文化にも惹かれ、学びを深めるうちに、それらは生活の中心になっていきました。

その流れで、2023年に日本文化の本拠地である京都へ移住しました。
禅寺や稽古場が身近にある生活は、日本文化への理解を深め、備肌の心を形作ってくれました。

肌づくりと禅の修行は、驚くほど重なります。
「型を繰り返し、体に落とし込むことで、素材の美しさを引き出す」。備肌ふうに言い換えると、日々の正しい備え(型)の積み重ね(繰り返し)が、肌という素材の美しさを引き出し、磨きをかけると確信しました。

化粧品ブランドから
肌のブランドへ

禅の教えにある「調身・調息・調心」。
体と呼吸と心を整えれば、美肌は自ずと表れます。
ただし、外界の刺激を最初に受ける肌は、その刺激から守る必要があります。
それが、化粧品の役割です。

肌を本気で美しくするには、内側と外側の両方の備えが必要です。
外側の備えは化粧品が担い、内側の備えは実践する人自身が主体となります。

飲食では中医薬膳とお茶に注目し、探求を続けてきました。
その流れで茶園の運営や、薬膳の学びも深め、内側からの備えについてのノウハウを提供できるようになってきました。

今、備肌は何のブランドかと聞かれたら、迷わずこう答えます。
「肌のブランドです」

肌の探求は、生き方の探求そのものです。
言わば「肌道」です。
その探求とともに、備肌も進化し続けていきます。